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2007.01/07 (Sun)

結果を起こす原因

題名訳解んないですね・・・汗


以前書いた従兄弟の話の続きです。

結果には全て原因があって、一方から見れば見れなくなるものがある。
全体を見ずに、一部を見ただけで全て分かった気になるのは高慢であるのだ。


以前日記を書いたとき、私は全く何も見えていなかった。

今もそうなのだろう・・・。




【More・・・】

合ったことを思い出すままに書き殴るのでかなり文章が変です。
スミマセン。

つか、こんなことぐちぐち書いてゴメンなさい。





年末から年始にかけて数日間、従兄弟とその母親(叔母)の2人が泊まりに来た。

田舎丸出しの姿に私の母や妹は思いっきり引いた。
(私はそのとき居なかったので)


迷彩のジャンバーのファスナーを上げれるところまで上げた"ゆきんこ"のような格好の従兄弟。
ババくさいジャンバーに思いっきり猫背の叔母。
自動改札機も上手く通れない彼らに母たちは置いて帰ろうかとさえ思ったらしい。


とりあえず1日目は当初の予定通り某宇宙ランド(笑)に親子2人で行った。


私はバイトだったため、彼らに会ったのは某宇宙ランドに行った後だった。

そのときだったと思う。
こんな会話が聞こえた。


従兄弟「ジェットコースター楽しかった。
    もう一回乗りたかったなぁ・・・。」
叔母「はぁ・・・?
   あんたが乗りたいって言ったから2回も乗ったじゃない!!?」
従兄弟「お母さんが乗りたいって言ったじゃん!!」
叔母「違うでしょ。
   あんたでしょ。」


どこでもありそうな会話。
でも、この会話はある意味、結果へ繋がる重要な原因を隠していた。




その日の夜、叔母は私の兄に従兄弟のことで愚痴っていた。
内容は聞こえない。
しかし、従兄弟本人が居る部屋と薄い襖を挟んだ部屋で愚痴る叔母に少しイラついた。

その後、私はリビングのテレビでとある映画を見ていた。
愚痴が終わり手持ち無沙汰になった叔母は私と一緒に映画を見ることにした。
ずっと見たかった映画だったため真剣に見入っていた私は特に叔母のことを気にしていなかった。
むしろ邪魔をして欲しくなかった。
しかし叔母はやたらと私に気を使ってくる。

自分が持ってきたお土産のお菓子を食べないかと聞かれ、私は「要らない」と答えた。
その5分後くらいに自分が持ってきたお菓子の昆布を開けて「ほら、万希ちゃんも食べなさい」と、言ってきた。
私は丁重に断ってさらに「和菓子とかよりも洋菓子の方が好きなんで要らないです。」とまで言った。
叔母が持ってきていたのは全部和菓子だったので、こう言えばもう何も出さないだろうと思って言った。
でもその昆布を食べ終わった後、今度はかりんとうを持ち出してまた食べないかと聞いてきた。
ものすごくうっとうしかった。




次の日、私は早朝バイトでその後に友達と買い物に行った。
早朝バイトで頑張った私は買い物の時には既に体力がなくなっていた。
本当に疲れて、眠くて、イライラしていた。
いつもだったらいろんな所を回って服を見たりしたかったが友達に頼んで早めに切り上げることにした。
それほど私は疲れていた。

疲れている私の機嫌の悪さは酷い・・・と思う。
ある程度まで張り詰めた笑顔が剥がれた瞬間、その顔は始終怒った顔になるらしい(妹談)
家に帰ったときはそのイライラが頂点に達していた。

それが私の家族を含め、叔母たちにも伝わったのだろう。
とりあえず私はお風呂に入り、心を落ち着かせた。


風呂から上がった私を出迎えたのは叔母のおせっかいだった。

夕飯は食べるのかと聞く。
私は叔母に、私のご飯を準備してと言うほどふてぶてしくはないので、母に「ご飯食べるから出して」と言った。
その言葉に叔母が「分かった」と返事を返す。

夕飯にサラダがあり、サラダには青じそのドレッシングをかけて食べるのが好きなので母に「青じそ出して」と頼めば、置いている場所を知るはずのない叔母が「分かった」と答える。

私は酢豚が嫌いで、それを知っている母は私には酢豚を出さない。
酢豚が出ていないことに気付いた叔母は慌てて取りにいったので、私は叔母に「私が嫌いで食べないから要らないです」と言ったら、「そうだったの!!ごめんね。・・・本当にごめんね。・・・そっか・・嫌いなのね。ごめんね・・・。」と、何度も謝ってきた。

つか、いい加減うざい。



その姿は私のご機嫌を伺っている感じだった。
後で聞いた話しでは母からもそう見えたらしい。



"お世話になっているんだから何かしなければ"
"万希ちゃんが機嫌が悪いのはきっとこんな時期にお邪魔した私のせいなんだ"

そんな思いがあったのかもしれない。
ただ、その思い全ては空回りだった。


きっと叔母の中では『自分がして欲しいこと=相手がして欲しいこと』と言う方程式が存在しているのだ。
頼んでもいないのにあれこれやって、役に立ったと自己満足している。

確かに役に立った部分もあったけれど、前日の映画のときのお菓子や夕食時の気遣いは私には邪魔でしょうがなかった。




叔母は周りの人の気持ちを自分の中で決め付けてしまう癖があるのかもしれない。




それが、従兄弟を苦しめる原因でもあった。






次の日、元旦を迎えた。
私は早朝バイトで寝坊しながらもバイトへ向かう。

叔母や従兄弟は母や妹と一緒に三社参りに行った。

昼に帰ったとき妹がニコニコと私にお土産だと言ってお守りをくれた。
そのお守りは、表にポケットが付いていてそこからカエルが覗いている可愛らしいものだった。
・・・でも正直、私は普通のものが良かった。

それは男の子である従兄弟もそうだったのであろう。
従兄弟は普通のお守りだった。

でも、その従兄弟がお守りにしたのは私の母のおかげらしい。


母が言うにはこんな会話がされたそうだ。




妹「わぁー。コレ可愛い!!」
 
妹が持つのは私にお土産として持って帰ったお守りの色違い。
それを見た叔母も

叔母「可愛いねぇ。
   これにしよう♪」

と言って、カエルが覗くお守りを買うことにした。
そこで隣にいる従兄弟に

叔母「○○はどのお守りにするの??」

と聞くと、従兄弟は

従兄弟「コレ」

と言って、普通のお守り差し出した。
それを見た叔母は

叔母「本当にそれでいいの??
   後悔しないの??」

と聞いたらしい。
それで従兄弟は

従兄弟「じゃあ変えるよ」

と言って、別のお守りを見始めた。

次に持ってきたのは先ほどと色が違うだけのもの。
それを見た叔母はやはり

叔母「それでいいの??」

と問うた。
また従兄弟は別のお守りを見始めた。

その会話は従兄弟が叔母と同じカエルが覗くお守りを持っていくまで続いたらしい。

最終的に従兄弟は叔母と同じお守りを持っていくと、さきほどまで繰り返していった言葉ではなく

叔母「じゃあ、それにしましょう」

と、言って買うことを促した。
その様子を見た母が思わず

母「あんた(叔母)は黙っていなさい。
  ○○に好きなの選ばさしてあげなさいよ。」

と、口を挟んだ。

母「あんた(叔母)はあっちに行っていなさい。
  ○○が一生懸命選んでいるんだから口を挟まないの!!」

そう言われて叔母は大人しく少し離れたところへ行った。

母「ほら。○○君。
  お母さんはあっち行ったから本当に自分が欲しいと思ったものを選びなさい。
  "お母さんが"じゃなくて、本当に自分が欲しいと思ったものを選ぶのよ」

そう言われて、従兄弟は再びお守りを見直す。
結局、彼が選んだのは一番最初に母親に見せたお守りだった。






叔母の言葉に強い力はないように見える。
しかし、その中には"柔らかな強制"がしっかりと根付いていて、従兄弟に選択の権利なんか存在していなかった。

ここでの叔母の中にも『私が欲しいもの=従兄弟が欲しいもの』という考えがあり、従兄弟が自分と同じものを持ってくるまで問い続けるのだ。

「本当にそれでいいの?」

と・・・。



叔母からすれば「本当にそれでいいの?」と聞いて「いい」と従兄弟が答えるので選んだのは"従兄弟だ"と考えるが、叔母と同じものを選ぶまで「本当にそれでいいの?」と問われ続け、不安になって叔母と同じものを選ぶことになるので従兄弟からすれば選んだのは"叔母だ"と考える。

同じことのはずなのに、感じ方は全く逆だった。






さらに従兄弟に対する執着はうっとうしいものだった。

勉強を少しサボれば激しく叱咤する。
こたつに入れなかったので私が従兄弟に「少しずれて」と頼めば、それを聞いた叔母は「邪魔でしょ!!」と、叱咤する。
着替えるのが面倒くさいと言ってジャージで小倉の街を歩くと言えば「恥ずかしいからやめなさい」と叱咤する。

とにかく怒りすぎだと感じた。

小さい頃は可愛いくて仕方なくてべったべたに甘かった。
大きくなれば浮き出てくる我が侭にいちいち口を出す。

まさに可愛さ余って憎さ100倍と同じなのだ。
可愛くて可愛くて可愛くて・・・可愛いからこそ小さなミスが目に映る。
それを見逃すことは母親としての職務怠慢と感じ、あれこれ従兄弟のすることに口を挟む。
挟まれた従兄弟は柔らかな強制の下、自由を感じなくなり息苦しくなる。



さらにタイミングの悪いことに、去年、父親に引き取られた生き別れの兄(私からすれば従兄弟で叔母の長男)に何年かぶりに再会をしていた。

久しぶりに会った我が子への思いは強く、その日から事あるごとに兄の名前を出した。
従兄弟からしてみれば面白くない。

今まで一人っ子で何より優先されてきた。
しかしいきなり現れた兄ばかり母親は考える。
何かあれば兄の話しを持ち出し「あの子はこうだった」とか話す。
疎外感を感じないはずがない。

従兄弟とその兄の関係は悪いものではなく、むしろ良い関係だとは言える。
しかしそのことに安心し、無神経に兄の名前を出すのは間違っているのではないか??



従兄弟がよく言うという「僕なんか死ねばいいんだ!!」と言う言葉は"死にたい"と言うメッセージではないのだ。

「本当に引き取りたかったのは"僕"じゃなくて"お兄ちゃん"だったんでしょ!!?」と言う叫びを含めたものだった。

それに叔母は気付かない。





ならば叔母に言えばいいじゃないか。
言わないからこそ気付かないのだ。

ここまで読んでくれた方はそう思うかもしれない。
しかし、そんなこと、とっくの昔から言っているのだ。

私の母も言った。
あんたが兄のことばかりだすから従兄弟は卑屈になるんだ。
あんたが構うから何も従兄弟は選ぶことが出来なくなっている。

私も言った。
叔母ちゃんは叱りすぎなのだ。
もうちょっと従兄弟を放って置いてもいいんだ。
今、思春期で親離れの真っ最中の従兄弟に何言ったって鬱陶しいだけだから。
薬とかシンナーとか悪いことしているわけじゃない。
見守ってあげようよ。


そのときは叔母も頷いた。
頷いたけど「でもね、私は・・・」と自分の主義主張を訴える。

人に意見を求めるくせにその意見を聞かない。
なのに自分を分かってもらおうとする。


相手のことをわかろうともしないのに。




結局、従兄弟は身動きが取れなくなった原因は母親にもあると言えるだろう。
こんな息苦しい生活をしている従兄弟だけを責めるなんて出来なかった。



私は何も見えていなかった。






従兄弟は叔母の前で「財布を持ってくるのを忘れた」と言った。
叔母の居ないところで遊んでいるときゲームセンターがあったので私の母が「遊んでくる?」と聞いた。
しかし叔母に財布を忘れたと言っていた従兄弟の姿を思い出した母は「そういえば財布忘れたんだっけ?」と聞いた。
その問いに「僕、持っている。」と言って徐にポケットから財布と取り出す。

従兄弟は知っているのだ。
「財布を忘れた」と言えば叔母がお金を出してくれることを。
私の母は財布を忘れたのなら後できちんと請求することを。
(もちろん私や妹など自分の子どもに対しての話しだけど)

叔母はやはり従兄弟に甘かった。









ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!!!!!
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